新しい現場は、前の現場の会社の親会社だ。よく言えば栄転といえなくもない。通勤も以前の現場より近くなった。どんな現場なのかも知っていた。しかも知り合いも多い現場だった。個人的にその現場に行きたい理由もあった。彼女の好きな人がその現場にいたからだ。
ただし、いいことばかりではなかった。
その現場は派遣契約だった。派遣の仕事は請負の仕事と異なり、派遣先社員の指示で動くので、スーパーバイザーとしてパフォーマンスを発揮しづらい環境だった。
しかも社内ではスーパーバイザーの役割だが、現場ではコミュニケータだった。以前にも経験しているが役割と評価にギャップがまた出てしまったことになる。
彼女はスーパーバイザーに拘りがなかったので、黙々とコミュニケータとして働いた。ずるすると年数を重ねた。あるとき会社側から降格を命じられた。スーパーバイザーとしての業績がないのだから当然だ。彼女はこのとき決意が固まっていたので、降格を受け入れた。わざわざ他の現場にいってスーパーバイザーを務める気力がなかった。当然、待遇も悪くなったが、我慢した。一応名目上は降格してもリーダーの立場を維持した。
このままの状態がずーっと続くと彼女は思っていたが、ある日突然、それは終わりを告げた。
株主を名乗る人物の応対が問題視され、彼女の進退が問われる状況が発生したためだ。その当時(今もいるかもしれない)のセンターのクライアント責任者と彼女は過去にある対応を巡って、衝突した経緯がある。彼女は過去のことなので問題視していなかったが甘かった。クライアント責任者はよくある老害で、能力はないがプライドだけは高く、そのことをずーっと根に持っていた。株主対応は彼女を追い詰める絶好の機会を老害に与えてしまった。
会社側より進退を問われた彼女は、いい加減嫌気がさしていたので、潔く退去を受け入れた。ただ退職するのは不都合と考え、社内での異動を希望した。
これまでも異動に困ったことがなかったので、彼女は割と気軽に考えていた。
しかし事態はこれまでと異なる様相を見せていた。
スーパーバイザーとしての異動と異なり、単なるコミュニケータの異動に会社は全く異なる対応を見せたからだ。
現場を退去してから数週間余り、異動先が見つからなかった。状況を問合せをしないと担当者からはまともに連絡が来なかった。思い余った彼女は上司の頭を飛び越えて、会社の人事に苦情を申し立てた。
ようやく事態が動き出し、それなりに条件のよい業務に異動先が決まった。
彼女は新たな現場では気を引き締めて働こうと決めた。
新しい異動先は、未経験の業種で知識を身に付けることがかなり難しかった。研修期間の1か月間、彼女なりに頑張ったが、これまでとは勝手が異なり彼女も苦戦した。
どうにか辞めずに受電デビューを果たした。とは言え他の同僚も同様にデビューしているので、彼女が優秀だったわけではない。
異動先での彼女の役割はコミュニケータなので、管理者に指示される立場だった。彼女はそれを受け入れていたが、一つ問題があった。
それは管理者の一人と相性が悪かったことだ。彼女は立場をわきまえ、その管理者と良好な関係を構築するよう努力したが、苦手なものは苦手である。
接する機会が少なければ、耐えられるのだが、少人数のチームではそういうわけにもいかない。
彼女が避けようとしても、その管理者と関わらないわけにはいかなかった。
そんなある日、彼女は問題を起こしてしまった。
その現場で1年半が経過したころ、業務に慣れた彼女は対応のムラを隠すことが出来なくなり、クライアントから指摘を受けてしまった。
運が悪いことに管理者側の判断で、彼女が最も忌み嫌うその管理者が彼女のモニタリングをするはめになってしまった。組織としては妥当な判断かもしれない。
しかし彼女にとっては最悪の展開だったことは間違いない。どんなに彼女が従順に支持に従っても、その管理者との折り合いの悪さは問題を悪化させずにはいられない。
結果として彼女はその現場にいられなくなった。何故なら前回の現場でと同じ轍を繰り返さないためだ。彼女は自分から退去を申し出ることは絶対にしなかった。判断は会社側が行うよう意思表示をした。結果、会社都合で退職する顛末となった。
彼女自身に責任があるのはいうまでもない。しかしこれ以上ないくらいの逆境で、ストレスを貯めながら毎日嫌な仕事をすることほど不幸なことはないと彼女は思う。
もっと謙虚であったなら状況が変わっていたと彼女は思う。謙虚さが足りないのは彼女自身も自覚があるからだ。
だが今更どんなに悔やんでも過去を変えられる訳ではない。今出来ることは、原因を分析し、経験を将来に活かすことしかない。痛い思いをしてこそ改善できることもある。そう信じて前に進むしかないと彼女は考えている。